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2010年6月24日岸野博告別式説教・徳野博牧師

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なし 2010年6月24日岸野博告別式説教・徳野博牧師

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2010-7-7 22:46
admin002  管理人 居住地: Irvine, CA  投稿数: 291
2010年6月24日
ヨハネによる福音書 15:12-13
徳野昌博牧師による岸野博の告別式説教

2週間前の日曜日は父の日でした。その中で私は皆さんに父のことを話しました。「父はもう2年半も口から食べることができなかったのでチューブで胃の中に直接栄養剤を入れされてかろうじて生きている。そんな父に9月の5日から1週間にかけて日本に帰る飛行機の切符を持っています。しかし、なんかその前に、日本から電話がかかってきて、お父さんのために早く帰ってこい、という知らせがあるかもしれない。私がそう言ったのを皆さん覚えていますか? その夜、次の日曜日に与えられていた福音書のテキスト、ルカによる福音書9章57-62節を読んで実に複雑な思いに駆られました。それを読んでみます。イエスに対して「あなたがおいでになるところなら何処にも従ってまいります」と言う人がいた。イエスは言われた。「狐には穴があり、空の鳥にはすがある。だが、人の子には枕するところも無い。」そして別の人に 「私に従いなさい。」と言われたが、その人は、「主よ、まず父を葬りにいかせてください。」と言った。イエスは言われた。「死んでいる者たちに,自分たちの死者をほうむらせなさい。」と。
私はこの福音書を読んでいるうちに神様は私の父のその日のことを知っておられたと思いました。そして次の日、大阪の弟から電話で、「お兄さん、親父が危ない。もしかするとこれが最後かも知れない」と言られ、その後4時間後、大阪から深夜来るまで東京に向かっていた弟から、今度は父が息を引きとったという知らせを受け取りました。そして12時間後、ナンシーと私は日本に向かったのです。成田に着いた時は頭がぼうっとしていました。その夜7時に始まった前夜式は60人ほど集まった礼拝で始まり白と淡い緑のカーネイションの花で囲まれた父はもう苦しみの無い穏やかな顔に変わっていました。そこにHuntington Beach Lutheran Church of Resurrection そしてELCA Multicultural Department からのすばらしい花束を見出しました。皆さん、本当にありがとうございます。又そこに去年までこの教会の日本語部で牧師として働いていた伊藤先生もいらしてくださったのです。

今神様の身元にいる父。教会を愛し、教会の中にいる、又教会の外にもいる隣人を愛した父が神様の身元に今いると確認にしてアメリカに帰ってきたのです。本当に皆様のお祈りに感謝いたします。

さて今日の説教、それは父の告別式にルーテル小石川教会の牧師である徳野昌博先生によって話された説教をそのままここで紹介したいと思います。徳野牧師は九州のルーテル女学院でチャプレンをしていた方で、今は日本福音ルーテル教会のルーテルと言う月刊誌の広報を担当している方でもあります。

岸野博さん前夜式説教  2010年6月二十三日  小石川教会にて
私たちの父なる神と主イエスキリストから恵みと平安とが、あなた方にありますように。
昨日22日、午前1時18分に、博さんは、所沢市にある「新所沢清和病院」の病室で息を引き取られました。21日の午後から急に血圧が下がり、予断を赦さない状況に落ちいったのでした。夕刻に、その知らせを受けて、私も病院に赴きました。病室に入ると、博さんは酸素吸入器を口に当てて、口を開き、あえぐ様に息をしておれました。目は閉じたままで、呼びかけに反応はありませんでした。訪ねた折は何時もそうしていますが、私は彼の耳元に顔を近ずけて旧約聖書の「詩篇」のいくつかを読みました、最後となった今回、彼と共に聞いた詩篇はこう告げています。「主は私の羊飼い、わたしには何も欠けることがない」。「主よ、あなたの慈しみは天に、あなたの真実は大空に満ちている」。「神は私たちの避け所、私たちの力、苦難の時の変わらぬ助け」と。み言葉には力があります。み言葉に支えられて生き、そして死ぬものは幸いです。
今年2010年、小石川教会は開設60年という、いわば還暦の記念の年を過ごしています。そういう節目の年に、「人生行く末、来し方」ではありませんが、過去の歩みを振り返り、将来を展望させるような出来事や、客人の來訪が幾度かあり、不思議だなあと思うと共に、ありがたいことと心に留め、思いをめぐらせています。
小石川教会が最初の主日礼拝をしたのが1950年の4月2日の「枝の主日」、復活祭の直前の日曜日でした。その時、すでに岸野さんは他教派の教会で洗礼を受けておられましたので、復活祭はご自分の属しておられる教会の礼拝に出席されてたのではないでしょうか? そして、次の週、ご自宅のすぐ近くにキリスト教会ができたことを喜びつつ、礼拝に集まられたのだと思います。間もなく転籍されて、小石川教会の最初の教会員のひとりとなりました。それ以来、60年間、教会とその歩みを共にされたのでした。小石川教会での結婚式の第一号も岸野さんご夫婦です。1950年11月11日のことです。初代の牧師である河島亀三郎牧師の司式で挙式後、披露宴は、この敷地にあった「天井の高い、窓の小さい土蔵でやりました」と岸野さん自身が、教会が発行している文集の中のインタビュー記事で語っておられます。
そのインタビュー記事の中に、「岸野さんにとって、礼拝はどんな意味がありますか」という質問があり、それに対して、岸野さんは「礼拝に出席することによって、イエス様の愛を知ります。私はイエス様の愛を受ける器であることを知ります」と答えておられるのです。本当にそのとうりだと思います。
キリスト教では、お葬式も結婚式も礼拝として行われます。ですから、誰が来てもいいのです。すべての人は招かれているのです。そして、生きている者も死んだ者も、共に神様を礼拝するのです。キリスト教の礼拝は、私たちが何か捧げものをして、神様のご機嫌を伺うというのではなく、神様が、私たちのところに来て、足を洗ってくださり、もっとも大切な命を下さるということです。
「ローマの信徒への手紙」8章31-32節に「神が私たちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。私たちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか」と記されています。神の御子イエスは 「イマヌエル、神、われと共に」です。イエス・キリストにおいて、主なる神様が、わたしと共にいてくださり、味方であり、愛してくださっているのです。そのことを、岸野さんは礼拝の度ごとに確認しておられたのです。私たちも岸野さんの信仰を受け継ぐものとして、礼拝を喜びとし、感謝したいと思います。
一つの詩を朗読します。思いを寄せましょう。「足あと」という詩です。
ある夜、彼は夢を見た。主と共に浜辺を歩いている夢を。空のかなたに光がひらめき、彼の生涯の一こま一こまを映し出していた。砂にしるされた二組みの足跡が見えた。一つは彼のもの、もう一つは主のものだった。
生涯の最後の情景が映ったとき、砂の上の足跡を振り返ってみた。すると、その生涯の道筋にはただ一組の足跡しかないと時がいくたびもあることに気がついた。それは生涯で最も落ち込んだ悲しみの、まさにその時だったことにも気がついた。
どうしてもこれが気になって、彼は主に問うた。「主よ、かつてあなたにお従いする決意をしたときに、あなたはいつまでも共に歩むと、おっしゃってくださったではありませんか。しかし私の生涯の最も苦しかったあの時、この時に限って足跡は一組しかないと言うことが気になっております。一番一緒にいてほしかったその時に私を一人にされたのはどうしてですか」。
主は答えられた。「愛しい、大切なわたしの子よ、私は、あなたを愛している。決してあなたを一人にすることは無い。試練のとき、苦難のとき、ただ一組の足跡しか見えないのは、その時、私があなたを抱いていたからだ」。
人生には試練のとき、危機のとき、苦難のときがあります。夫であり、父であり、兄弟であり、信仰の先輩、仲間である博さんを失った今、この時は、まさに危機であり、苦難の時です。そして、これからも、それぞれがそれぞれの人生を生きていく中で、生、老、病、死という危機、苦難を避けることはできないのです。
しかし、そういう危機、苦難の時は、同時に、御言葉を信じ、礼拝を喜び、感謝するものにとっては、「ただ一組の足跡しか見えない時」でもあると言うことです。キリストがしっかりと私たちを、私たちの危機と苦難の時に、共にいて、味方になって、抱きかかえていてくださいます。運命の一撃によって、滅ぼされることは決してなく、守られ、支えられている私たちです。
そこから、そう、イエス・キリストに愛され、抱かれている、そこから行き始め、生き直すのです。今日も、そして明日も、毎日。キリストに愛され、そのキリストにあって、主なる神様が常に共にいてくださる、そういう「神様に愛されし罪人」としての人生です。
そうであれば、私たちもまた、互いに、友として生きることができます。キリストを指し示し、キリストを分かち合い、訴えを聞き、慰める友に。教会はそのような人々の群れだと思います。その中に博さんがおられたのです。
教会に生きる幸いがあります。それは生きる時も、死ぬ時も、そして死んだ後も、主のものであるという幸いです。
昨日の「臨終の祈り」から始まり、今晩、明日続く一連の葬式において、岸野博さんを主なる神様のみ手にゆだねて生きましょう。私たち地上に残るものに出来ることはそれだけですが、それで十分なのです。なぜなら、私たちは主なる神様のものだからです。望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安を、あなた方に満たし、聖霊の力によって、あなた方を望みに溢れさせてくださるように。アーメン。

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